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「三国志」の名将関羽雲長の「フラグ」が立つところから回収まで

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「三国志」の名将関羽雲長の「フラグ」が立つところから回収まで

「フラグが立つ」という言葉をご存知でしょうか?人が大失敗をする時には、イキナリ運悪く失敗するのではなく、必ずと言って良いほど「フラグ」を立ててから、”お約束のパターン”に突入して必然的に大失敗して「フラグ回収」します。

つまり、第三者から見れば、失敗することは失敗した時ではなく、「フラグが立った瞬間」から、「失敗するな」というのが分かるのです。

これはビジネス・投資の世界でも同じです。ビジネス・投資で失敗する人は、イキナリ失敗するのではなく、必ず「失敗フラグ」を立ててから、お決まりの言動をして、「フラグを回収」する形で、失敗するわけです。

「死亡フラグ」伏線の立ち上がりと回収

もともとは、コンピュータープログラミング用語の「フラグ」ですが。ドラマ、小説、アニメ、漫画、ゲームなどの業界用語では、「死亡フラグたったな・・・」という形で、物語が進行されている中で、必ずキャラクターが、伏線や前触れ的な発言や言動などをするのです。

これを、

  • 伏線ができた
  • 死亡の前触れだ
  • 見込みが立った
  • 条件が揃った

という意味を込めて「死亡フラグが立った」などという形で使います。そして実際に、戦争や闘いなどでキャラクターが死亡してしまったら、「フラグ回収」となり。「フラグ回収お疲れ様でしたm(_ _)m」という形になるわけです。

もともとは、ドラマ、小説、アニメ、漫画、ゲームなどの制作側の業界用語として使用されていたものですが。最近では、TwitterやYouTubeなどの若者のコミュニケーションでも「死亡フラグが立った」「フラグ回収乙」という形で普通に使われていますね。

『三国志』関羽の「死亡フラグ」

『三国志』の人気キャラクターの一人関羽雲長の「死亡フラグ」を例に挙げてみましょう。まず最初に関羽に「死亡フラグ」が立ちはじめるのは、劉備軍が、諸葛亮孔明に勝るとも劣らない、劉備軍の名軍師「ホウ統」を犠牲に、「蜀」侵攻の大義名分を作り、本格的に蜀を攻略始めた頃です。

軍師、諸葛亮孔明は、関羽に荊州の守りを任せて自ら出陣することになりますが、この頃の関羽は、相変わらず「武」としては最強レベルなのですが、劉備への忠誠心は高いながらも、昔から物事を感情基準で考え、思い込みが激しい癖が抜けきれない状態。

何かと、諸葛亮孔明の軍略に対して、イマイチ言うことを聞かない関羽に、魏の曹操軍と、呉の孫権軍からの、守りの要でもある「荊州」を任せることに一抹の不安を覚えた状態ですが。

劉備がようやく本格的なイケイケ戦争侵略モードに突入している状態なので。関羽以外に防衛を任せられる人材がいません。まずこの関羽の「考え方」含めた状況そのものに、関羽の「死亡フラグ」が立ち始めるのです。

次に、劉備軍は、張飛・趙雲を従えた諸葛亮孔明が出陣、蜀に滞在していた名将馬超が「蜀」の剣客的な形で出陣、張飛がタイマン。全く決着がつきませんでしたが、諸葛亮孔明が計略を用いて、「蜀」の劉璋に対して、馬超を疑わせることに成功し、馬超を締め出したのを機に、馬超を獲得。

これよって、まともな将が残ってないのに、自爆的に馬超を追い出した「蜀」は戦意喪失。劉備は「蜀」を征しました。ここではじめて、流浪の民的な状態から脱却して、まともに領地を得た劉備軍。

諸葛亮孔明の進言によって、関羽、張飛、趙雲、黄忠、馬超を「五虎大将軍」として据えることになりますが。創業当時から劉備の義兄弟だった関羽は、黄忠、馬超などの新参者と肩を並べられることに気に食わない態度を顕にします。

馬超と腕比べをしたいという書簡を荊州から蜀の劉備のところへ送りつける程です。関羽の不満を察した諸葛亮孔明は、

「関羽は他の4人よりも実力が上ですよ!」

的なおべんちゃらを言うことによって、関羽は自分の長いヒゲを手でなでながら、満足した様子を見せてその場をおさめますが、このチョロすぎる関羽の言動そのものが、「死亡フラグ」が一段と濃厚なものになってきます。

クリティカルに分析すると、確かに関羽は武力だけを見ると一番かもしれませんが、軍略を忠実に再現できる能力含めると、後発組の趙雲、黄忠、馬超の方が上なのは明らかです。張飛もヤバい。。(ダメという意味で)

つまり、会社組織に例えると、関羽は個人能力は高いけれど、組織としてはイマイチ使えないけど、創業当時からいるし、過去の武勲も沢山あることから、無下にすることはできない扱いづらい「部長&執行役員」的な位置づけになっているわけです。

激情型の張飛よりも扱いづらいのが関羽なのです。この頃から、関羽の暴走は露骨なものになってきます。その後、呉の孫権が、計略的に諸葛亮孔明の兄である自軍呉の軍師、諸葛謹の親族を幽閉して、

「荊州を返還しないと全員殺す」

と脅してきます。

諸葛亮孔明と諸葛謹は荊州を孫権に返還することを願いましたが、(呉の孫権との約束上は荊州を借りていた)劉備の決断としては、荊州全てを返すと基盤が無くなることから、先に三郡のみ返還という約束を新たに取り付けます。

劉備は関羽に三郡を返還するように命じますが、なんと関羽は、自らの勝手な考えで、返還を断ってしまいます。呉の副都督の呂蒙が使者に来て追い返し、病気を患っている、呉大都督の魯粛と、呉との境である、陸口で交渉することになりましたが、関羽は一向に話を聞かない。

呉軍が取り囲んだ中でも一切引かない関羽に対して、今にも斬りかからろうとする雰囲気の中。魯粛はこっそり関羽に「逃げるように」言って、自分を人質に取らせて関羽を逃そうとしますが。その魯粛の振る舞いに、関羽が感動してようやく荊州三郡を返すことを決めます。

劉備の命令は無視するのに、自分が魯粛に感動したからと返還。。

「おいおい。。汗」

関羽の判断基準がめちゃくちゃです。もはや関羽は感情基準で判断しまくっている状態で「死亡フラグ」がビンビンに立ちまくりです。呉の魯粛は無理がたたって息を引き取り、呂蒙が後継者になりますが、当然関羽は恨みをかっているので、後々の「死亡フラグ回収」につながっているわけです。

実はこの頃から、関羽と連動する形で、張飛も劉備も「フラグ」を立て始めるのですが、蜀の劉備軍は、魏の曹操に対して、漢中の取り合いの中で、連戦連勝イケイケモード。

劉備も人生の中ではじめて訪れた「我が世の春」的に、快進撃を続け、劉備のかつての謙虚さや素直さはどこへやら。諸葛亮孔明の進言含めて、誰の言うことも効かなくなりますが、それでも、連戦連勝という結果があるので、誰もそれに対して問題視する人はいません。

実際にこの時、先々を心配できていたのは、諸葛亮孔明だけです。劉備の戦勝を聞き荊州を守備していた関羽は、自らも武勲を挙げるべきだと魏の樊城(はんじょう)攻略を強く主張しはじめます。

関羽は、軍師諸葛亮孔明の遠方からの進言を無視。直接側についている、軍師の馬良の進言も無視。

「民草のための漢王朝復活目的基準は何処へ・・・(汗)」

自分ひとりが武功から取り残されていると感じている焦りから、全軍師の「守りに徹するべきだ!」の進言を無視して。「荊州」の防衛を疎かにして、勝手に侵攻する決断をしてしまいます。

諸葛亮孔明の心の声

「誰か関羽の暴走止めて!(涙)」

劉備も連戦「我が世の春」モードだし、桃園の誓いをしてる義兄弟だし、誰も関羽の進攻を封じることができる人がいない状態です。関羽は、関平と廖化を樊城攻略の先陣に命じ曹操軍を相手に開戦してしまいます。

さらには、このタイミングで、せっかく呉の孫権と陸遜が、諸葛亮孔明の兄呉の軍師諸葛謹を通して、関羽の娘と孫権の息子を政略結婚しよう!と言ってきてるのに、劉備や諸葛亮孔明への相談も一切なしに、関羽は自分を虎に喩え、孫権を犬呼ばわりして突っ返す。

当然呉の孫権は激怒して、荊州侵攻を決めます。直近の軍師馬良の態度の戒めの言葉も、関羽の耳には届きません。もはや関羽の目には、武功とそのための樊城攻略しか見えていない状態。

なんと、荊州の守りに残した精鋭部隊も、樊城攻略に呼び寄せてしまうのです。

      蜀の軍師陣(※劉備は「我が世の春」)
関羽 VS  魏の曹操軍
      呉の孫権軍

一体どこの世の中に、この図式で勝てる人がいるのでしょうか?たとえ豪将であっても、100%以上無理です。ここで関羽の「死亡フラグ」が、最高潮に到達するわけです。

関羽の「死亡フラグ」回収モード

関羽は、樊城攻略の中で、魏の曹操軍の放った矢を腕に受けてしまいます。けれども、水攻めが大成功、曹操軍はもろくも崩れ去ります。

関羽:「オレは闘えるし、軍師なんかいなくたって軍略もできる!」

軍師馬良は、しばらく兵を休ませることを進言するものの、関羽はもはや当然ながらの無視モード。そのまま、勢いに乗る形で、樊城まで軍を進めてしまいます。矢には毒が塗ってあったので、(なぜか即死しないレベルの毒だけど。。)名医華侘からは100日休むように言われるけど、これも一笑して無視。

関羽:「お前がオレと一緒に前線に来てくれ。金は沢山出すから!」
名医華侘生:「私には病気や怪我の治療はできますが、関羽の考え方までは直せません。。」

という名言を残させるほど。関羽は、樊城攻略のために、荊州から残りの兵を呼び寄せる始末。ここから一気に、関羽の「死亡フラグ回収モード」に突入します。

樊城の防衛に当たっていた魏の曹操軍の後継者曹仁は、曹操が直接陣中見舞いに来て盛り立てた徐晃の軍と挟み撃ちの進攻。関羽のステイタスは、怪我&ポイズンで画面が赤くなってる状態。

連戦で関羽軍の兵たちも、疲弊しまくっているので、徐々に体制を崩していきます。にも関わらず、なんと、東の砦が陥落してるのに、関羽は軍師馬良の忠告に、

「これは曹操のデマだ!」

と耳も貸そうとしません。そのタイミングで、呉の呂蒙が、お留守状態になっている荊州を攻撃して、余裕で陥落させました。

ちなみに、呂蒙もここで「死亡フラグ」を立てるのです。。孫権から派遣された陸遜が、

「劉備を怒らせたくないから、関羽を殺害するな!」

と孫権からの命令を伝えるのに、呂蒙はこれを無視。武功を狙って、関羽討伐に向かいます。同時に曹操も、関羽を殺害しないように徐晃に指示を出しますが、一緒に前線にいた曹操の子ども曹彰が、関羽抹殺の好機であると、徐晃に反発、

「オレは魏王曹操の子だ!お前言うこと聞けないのか?」

と威圧。こちらは曹操が直接来て、曹彰をぶん殴って徐晃の指示に従うように戒めます。曹彰はこの直後に、すぐさま気分を入れ替え徐晃に謝罪して「死亡フラグ回避w」。曹操軍はここで関羽追撃ストップとなりましたが。

どこの軍にも、上司の言うこと聞かない将軍が多すぎますね。。。軍師たちの忠告にも一切耳を貸さなかった関羽が、荊州を奪われた事実胸に、敗走を続けながらようやく「反省モード」に突入しますが、時既に遅し。

同じく上司孫権の言うことを聞かずに、関羽追撃をつづける呉の呂蒙は。関平や周倉といった関羽直属の名武将たちを殺しながら追撃。麦城近辺にて、残り十騎程度になってしまった関羽は、呉の呂蒙に取り囲まれます。

ここで関羽は死亡。「関羽の死亡フラグ回収」完了、乙です。ちなみに、呉の孫権の言うことを聞かずに、関羽の首を取ってしまった、呂蒙は、その後、意気揚々と呉に戻って関羽の首を孫権に差し出しますが、その晩に静かに「毒殺」されて、呂蒙も「死亡フラグ回収」です。

・・・こうして、「関羽の死亡フラグ」を追跡してみると、軍師視点からクリティカルに見ると、劉備軍の蜀編に突入してからは一体関羽の何が素晴らしい武将なのか?分かりませんが。世の中全体の常識=大衆なので、一般大衆視点から見ると、関羽の生き様には、沢山「共感・共鳴」することがあるのでしょう。

今日も関羽は、中国大陸を中心に、「忠臣の鏡」として、奉り立てられているわけなのですが。。正直、関羽の「死亡フラグの立て方」は、あまりよろしいものではないですね。後味の悪さだけが残り続けます。

問題をなすりつけようと、呉の孫権が魏の曹操に送った関羽の首を前に、魏の曹操が、

「関羽が私の部下だったら死なずにすんだのに・・・」

と、立派な墓を立てて手厚く奉りましたが、これは「なるほど。。」な部分です。曹操は、ダメな部下はすぐに死なせたり、処刑したりしますが、忠義心の高い優秀な部下は、言うことをきかせる代わりに、手厚い処遇と共に、生き残らせますからね。

有能な部下に「死亡フラグ」が立ちづらい経営をしているのです。この後、「関羽の死亡フラグ回収」をキッカケに、暴走モードの「張飛」が「死亡フラグ」をすぐにたててすぐに回収(小物感満載)。そして、劉備までもが、「死亡フラグ」というかこちらは「大失敗フラグ」を回収し始めるのですが。

軍師、諸葛亮孔明の苦悩がよく分かります。だからこそ、最後は、痛すぎる名将たちが全員いなくなった後の(馬謖除くw)。

物語中、登場の最初から最後まで絶対に「死亡フラグ」を立てなかった2人の名軍師がそれぞれ、魏と蜀の全軍権を掌握した後の、

蜀の名軍師:諸葛亮孔明
   VS
魏の名軍師:司馬懿

の直接対決が、ようやく純粋な、知略と知略の闘いとして、『三国志』通好みの展開になるのでしょうけど。。・・・そして、最後は司馬懿が諸葛亮孔明に負け続けながらも、「恵みの雨」が味方して窮地を脱し、諸葛亮孔明も寿命が尽きて、司馬懿が生き残る。。。

「失敗系フラグ」を回避する方法

今回は「三国志」の有名人気キャラクターの一人関羽を忠臣に、「死亡フラグ」の立ち上がりから、「死亡フラグ」の回収までを解説させて頂きましたが。実はこのような「フラグ」は、まさに僕たちが生きる現代のビジネス・投資の活動の中でも、同様のお話が沢山あります。

「温故知新」1,000年以上経った今でも、人間が競い合う活動している限り、同じような物語が発生するからこそ。そこに重ね合わせる形で、『三国志』のような歴史ものが今でも共感と共に、語り繋がれるわけですが。

僕も、これまで沢山の、経営者や投資家と言われている人たちと対話をしてきましたが。彼らも共通して、イキナリ「飛んでイスタンブール」になるのではありません。

必ずある時点から、「死亡フラグ」ならぬ、「飛んでイスタンブール・フラグ」を立てはじめて。そして、確実に「飛んでイスタンブール・フラグ」を回収して行くのです。

途中で、一度立った「フラグ」を、回避できる経営者・投資家は、なかなかいません。ちなみに僕も、独立後の2011年、2012年と、「飛んでイスタンブール・フラグ」をイキナリ立ててしまいましたが。

幸運なことに、大富豪ファーザーとマスターヒロさんと出会い、教わり始め。素直に学び、愚直に実行を続けることで、「飛んでイスタンブール・フラグ」を立てた後にも関わらず、回避することができました。

「死亡フラグ」は、「フラグ」を立てている本人は「フラグ」が立っていると気づかないのは今も昔も変わりません。失敗したくて失敗している人は誰もいないのですから。

ビジネス・投資の自営業の世界では特に、小さくも、自分がトップに君臨してしまうので、上司はいない状態。進言してくれる軍師も自分で探さなければいないです。

また、誰かから「フラグ」回避の方法を教わっても、その学びが中途半端だったり、素直さや謙虚さを失ってる状態だと学んだことが一切生かされませんので、これもまたアウトです。

こうして自営業者が一度でも「飛んでイスタンブール・フラグ」を立てると、そのまま回収に向けてストレートに物語が進行してしまうわけです。これが恐ろしいところですね。自営業の道の、「経営・投資」編では、「稼ぐ!」という「武」の部分ばかりに、目を向けがちですが。

実際は、「飛んでイスタンブール・フラグ」の立ち上がりから回収までを、「回避する方法」の方が、重要になってきます。一度や二度「成功」できたとしても、その後で「失敗」したら、何も積み上がらなくなります。

失敗の量だけは誰もコントロールすることができません。「失敗する」考え方が変わらない限り、何度でも繰り返し同じ失敗をするのは、『三国志』の関羽も僕たちに教えてくれています。

「失敗系フラグ」を完全回避しながら、「成功」だけを積み上げ続けるのは、本当に難しいことですが。だからこそ、「本当のノウハウ」を謙虚かつ素直な姿勢で、学び続ける必要があるわけです。

「失敗系フラグ」を回避しながら、ビジネス・投資で「成功」だけを積み上げるためには?その秘訣は、「経営・投資」編の「メッセージ動画」から学んで頂きたいと思います。

「経営・投資」編
https://p.kitasociety.com/optin-469696491614646140345

追伸・・・
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