僕たちの生まれ育った日本では、中央銀行がどうやって誕生したのか?
今日のお話は、日本におけるお金の歴史である。
日本では中央銀行という考えが、明治時代に日本政府の手によって持ち込まれた。
中央銀行は日本政府の銀行として誕生したのである。
ここが中世ヨーロッパの中央銀行の成り立ちと、まったく異なる点。
ところが1998年、橋本政権下で制定された「日銀法改正」によって、中央銀行である日本銀行が日本政府から独立してしまった。
以降、日本銀行は民間の銀行になったのだ。
この瞬間、日本政府はもう力を失った。
逆に日本銀行が、日本の経済のすべてを操れるようになった。
バブルを起こすのも、起こさないのも日本銀行次第。
どうして日本銀行が、日本政府から独立してしまったのか?
この裏に隠されたエピソードを説明しよう。
日本の中央銀行が政府から独立した日
1970年代から1990年代まで、日本では高度成長期のバブルが起きた。
ご存知の通り、バブルはその後はじけ飛ぶように崩壊した。
この時に日本銀行は、「中央銀行である日本銀行が、金融政策を打てなかったから、バブルの崩壊を見過ごすしかなかった。日本銀行が金融政策を打てなかったのは、大蔵省が日本銀行を管理していたからだ!だから、アメリカとかヨーロッパなど先進国のように、日本も中央銀行である日本銀行を、政府と切り離して独立すべきだ!」という大義名分を打ち出したのだ。
結果的にそれが見事に通り、1998年の橋本内閣の時に「日銀法改正」によって、日本銀行は日本政府から独立をしてしまったのだ。
けれども、これは表向きの歴史。真実のストーリーは、実は別のところにあった。
日本銀行が行った非公式の金融政策
実は1970年代から1990年代までの高度成長バブルの時、日本銀行は非公式の金融政策を行っていた。
表に出てこない、ニュースにも取り上げられない非公式の金融政策。
日本銀行が使った非公式の金融政策・・・それは、「窓口指導」といわれるもの。
1970年代から1990年代の、不動産を中心とした鬼のバブルをつくり上げた原動力だ。
では「窓口指導」とはどんなことなのか?
それは、日本銀行がお金を貸し出す先、お金を創造する対象を、完全にコントロールすることだ。
日本銀行が民間銀行に対して、貸し出し先の業界を具体的に指定する指導をしたのである。
その相手先が、不動産業界だったわけだ。
日本銀行が、民間銀行に対して、「不動産を買おうとしている人たちには、お金をめいっぱい貸し出しなさい!」という命令を下したのだ。
必ず使わなければならない、銀行が創造した利息つきのお金が不動産業界に流れた。
すると、不動産業界にバブルが起こる。
銀行から簡単に融資を受けることができ、不動産を購入できるということで、銀行からの信用・信頼を持っている人たちが、こぞって銀行から融資を受け、不動産を買いまくった。
みんな欲しがる、土地や家、マンション。
「融資してあげますよ。必要なお金の90%、いや、100%融資しますよ!だから不動産を買いましょう!」
銀行からこんなラッキーなことを言われたら、とにかく買える不動産を手当たり次第、銀行から融資を受けて買いまくる。
それがどんなに右肩上がりで価値が上がり続けている状態でも、以前ではありえないくらい高い水準になってしまっても。
しかも、それが右肩上がりで価値が上がっている状態だとしたら、ノーリスクでボロ儲けできる「投資」となる。
銀行融資を受けられる人は全員、買うのは当然だ。
結果・・・異常なまでの不動産バブルが起こった。
「不動産というものは、価値が永遠に上がり続けるものだ」
・・・誰もがそう信じて、疑わなかった。
ところが1991年、日本銀行は突然「窓口指導」を廃止。
そして不動産業界への融資をストップさせた。
結果どうなったのか?
不動産バブルが一瞬にして崩壊した。。
当たり前だ。
銀行が融資をしてくれなければ、高くなった不動産なんて誰も現金で買わない。
価値が上がりに上がった不動産を、自己資金で買える人なんて世の中にはほとんどいない。
そもそも今までは、銀行が融資をしてくれたからこそ、不動産を買えていただけだったのだから。
自分がすでに買った不動産が、自分が買った以上の高値で売れなくなる・・・。
銀行融資が出ないから、自分の不動産を買ってくれる人がいない・・・。
自分が買った不動産の出口が見えない・・・。
売り抜けたくとも、誰も買ってくれない不動産・・・。
こうなったら、価値なんてあったものではない。
とにかく、購入価格よりも値下げした値段でも良いから、売り抜けて現金化したい人が続出する。
持っているだけで価値が下がり続けてしまうから、さらにみんな一斉に売りに走る。
こうして不動産バブルが崩壊したのだ。
そして、不動産を原動力に上がり続けていた、日本の経済成長が止まった。
以降日本は、不況と呼ばれる状態に突入した。
日本銀行が行った「窓口指導」によって不動産バブルが起こり、日本銀行が「窓口指導」を止めたことで不動産バブルが弾けた。
非公式の金融政策として、すべて日本銀行が自分で仕掛けていたのだ。
けれども、日本銀行はこれを政府のせいにした。
「不況の原因は、すべて政府のせいだ。日銀が政府の監視下にあり、独立して金融政策を行えなかったからだ。欧米の先進各国では、中央銀行は政府から独立して、金融政策を行っている。だから日本も彼らを見習って、日本政府から日本銀行を独立させましょう!」
こんな大義名分を高らかに掲げたのだ。
この考えは、国民にウケてしまった。
当時の日本国民は、もともとお金の勉強なんてしておらず、あまりにも無知だった。
いや、国民の代表者にあたる政治家の人たちは、本当に無知だったのか?
それとも、誰かの意思のもと操られていたのか?
真実はわからないが、とにかく結果としてみんなから応援される形で、日本銀行が日本政府から独立してしまった。
これが1998年の「日銀法改正」の裏側である。
この瞬間、何が起きたのか?
あなたにはわかるはず。
そう、日本銀行が実質的な王様のような存在になった!!
全部、日本銀行が決められるのだから。
銀行融資をすることでお金を創造することも、銀行融資をする先も、自分たちですべて決められてしまうのだ。
日本政府は金融政策を打てないが、日本銀行は金融政策を打てる。
日本政府は景気を良くすることはできないが、日本銀行は景気を良くすることができる。
つまり、お金の創造の部分をすべて握ってしまっているのが日本銀行。
これが、僕たちが生まれ育った日本の現状である。
そんな中、僕がお話していることの核心部分。それは、「大きな流れに逆らうのではなく、大きな流れに従おう!!」ということだ。
日本の王様が日本銀行様になったのなら、僕たちは日本銀行様の思いに逆らうことなく、日本銀行様、そして民間銀行様の傘下である、貴族や諸侯、ナイトになろう!
こういうことなのだ。
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