はじめて降り立ったアジアは、引っ越し用のトランクを持っての香港だった。
2003年、26歳、僕がまだ「海外チェリーズ」だった頃。
身重の奥様を日本のマンションに残したまま、勤務していた会社の辞令での海外転勤。
当時は完全なる「ドメ男(日本人間)」だった僕。
謎の言葉を話す人たち、中国人、白人、インド人、東南アジアの方々・・・
香港国際空港に行き交う方々を見ながら、呆然と立ちすくんでいた。
高速電車に地下鉄を乗り継ぎ、命がけで辿り着いた僕の新居。
ズラッと立ち並ぶ、高層コンドミニアム街。
道を歩く時に、蒸し暑く生暖かい風に、鼻にツンと来る何か食べ物の香辛料。
日本の温室育ちの僕が、果たしてこんな街で生きていけるのか?
引きずるトランクも重かったが、足取りはもっと重かった。
指定されたコンドミニアムになんとか辿り着き、部屋のチャイムを鳴らして見ると。中から出てきたのは、真っ黒い男だった。
ジロッと睨まれる。
孔明:「な、ナイスとミートユー」
当時、TOEIC265点しかなく、英語が全く話せなかった僕が唯一話せる言葉だった。
男の名はウィッシェン。
一体何を話してるのか、まったく分からなかったが。どうやらタイ人であり、僕の同居人。
そして香港支社における、僕の上司だったようだ。
こうして僕の、海外生活の初夜を迎えることになるのだが。
孔明:「早く帰りたい・・・(TOT)」
布団でうずくまって涙を流していた。
次の日・・・
はじめての香港支社出勤。
朝礼の時、ずらりと並ぶ現地の方々を目の前に、
孔明:「な、ナイスとミートユー」
ガクガク震えながら、か細い声で挨拶するのが精一杯だった。
後から当時上司だった、香港金融の達人玉利さんが言うところには。
「こんな英語も喋れないやつが営業&マーケに来て大丈夫か?前代未聞だ!」
・・・と、大騒ぎになっていたらしい。
香港支社の社長さんからも、
「6ヶ月間で英語しゃべれなければ日本に還すから!」
と、冷たく言い放たれてしまった。
こんなふうに、・・・僕にとっての海外のはじまりは。決してお気楽ハッピーなものではなく、混乱の中、胃がキリキリと痛む、闇と混沌に溢れかえったものだった。
15年後の僕・・・
あれからいつの間にか、15年間以上が経過している。
日本に帰るどころか、日本の滞在時間がわずか。
大多数の日を、海外のどこかの国、どこかの街で過ごしている。
- 居住拠点:マレーシアジョホールバル
- ビジネス拠点:香港
この2カ国を中心に、この一年間に訪れた国は・・・
- シンガポール
- 中国広州
- 中国上海
- 澳門
- 台湾
- 韓国
- フィリピン
- タイ
- フランス
- ハワイ
- ロサンゼルス
海外不動産も、中国、マレーシアジョホールバル、フィリピンマニラ・セブ、コソボ・・・と資産の中心が海外になってしまっている。
そんな僕が、15年間かけてゆっくりとつくりあげてしまったのは。
「海外旅行が「カネ」を生み続けるヒミツ」
~移動距離と収入が比例する~
海外を飛び回っているだけで、ゆっくりとお金が増えていくしくみ。
僕の裏側を知る平城さんをはじめ、仲間たちから言わせると、
「孔明さんは最も海外を活用してる起業家のひとりですね・・・」
ということだ。
「ナイストミートユー」を震えながら挨拶することしかできなかったチェリーズが。ここまで成長できたことになる。
今月12月29日(土)22時~24時に開催されるZOOMセミナー。
極めて秘匿性が高い情報ゆえに、音声や動画の再販はなし、たった一度きりだけ平城寿@SOHOと共に開催するセミナーは。
海外の活用術。
「旅をしていても『カネ』が生まれ続ける”情報時空の旅人”になるための海外旅行・海外移住術ディープバージョン」
世界中を自由に旅をしながら、ビジネス・プライベートを謳歌するための秘訣。
平城寿@SOHOと真田孔明@四柱推命鑑定士2人の旅人が公開する。
12月29日(土)年内最後のZOOMセミナー4,980円
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あなたは借金が怖いですか?
私は死ぬまでに<1,000兆円>の借金をすることが夢なのですが…