子どもたちが22歳を迎える時、どうなってもらいたいのか?
これを考える前に、まず実際に社会人として活動を続けている僕たち自身、そしてその身の回りの大人たちを見てみよう。
年収1,000万以上「修羅年収」を狙う際、選択肢と席の数的に見て、高学歴・上場企業・出世コースのサラリーマンの道が「王道」だというのは、「間違えないこと」と言い切れるのだけど。
僕たちが「地下」の中で学んでいる法則通りに取り組み続けることで、中卒だろうと、高卒だろうと、誰しもにチャンスがあるとも断言できる。
現に「地下」の中でも、サラリーマンの「王道」を歩む中で、「修羅年収」を獲得できた仲間たちもいれば、高卒・三流大卒でも、副業と兼任したり、独立起業したことで、「修羅年収」をできた仲間たちもいる。
真剣に向き合って取組む覚悟を固めて学びながら取り組めば、後発的な取り組みでも、誰しもに到達できるチャンスのある領域でもある。
けれども問題は、それ以前の段階で、まるで溶けるように「音信不通」になったり、「逃亡」してしまったり。この場合は、どんなに再現性の高い方法が存在していたとしても、再現できないことは確実なのではないだろうか?
仮に子どもたちが、22歳を迎える時に、「逃亡」側の人になってしまったとしたら、どうなるだろうか?一緒に想定してみよう。
取組む前から逃げ出す大人たち
「修羅年収」を目的基準にした時、「高学歴」からはじまる学歴は、有利に働くことは間違えないけど、マストではない。
あれば有利であるだけで、なければ達成不可能というものではないのだが。ところが、そもそも論で、学びはじめた段階で、「見ザル・聞かザル・言わザル」的に、目と、耳と、口に封をしてうずくまってしまったり。
『ドラクエ』の「はぐれメタル」より速く、即座に逃亡してしまったりした場合。一体誰が何を習得できるのだろうか?
今「地下」の中に、残っている人たちの中には、そういう人たちはいないだろうけど・・・。学びながら、ちゃんと順序だてて取り組めば、必ず稼げる!というものであるのは、既に取り組んでいる人たちは、全員が共通して理解できることだと思う。
「ロイ式」を学ぼうが、「ケイタ式」を学ぼうが、ファーザーから、「おとなの経営学」を学ぼうが、マスターヒロさん直伝の奥義『成功OS』を学ぼうが。何をやっても絶対に身につかないし、結果も出せないと、断言できる。
せっかく世の中に溢れかえる有象無象の情報の中から、偶然か?必然か?A〜Zまでどこまでにも根拠がある「本物」の情報が集約されている「地下」にたどり着くことができたのに・・・。取組む前から逃げ出してしまって、次にたどり着くのはどんなところなのだろうか?
他に再現性含めて「本物」と言い切れる「情報」に到達できるのだろうか?2004年から「情報業界」に深く携わり続けている僕でも、アイディアが浮かばない。
「最後の砦」とも言えるココから逃げだしたら、もう人生変える「ノーチャンス」とも言えるのではないだろうか?とも個人的には思う。
その後の余生は、今いる自分が手の届くものだけを選択肢の中に入れて。心身の老化に応じて、右肩下がりの人生を送る道しか残されていないのではないか?とも思うのだが、いかがだろうか?
お金の世界で一番怖いのは「逃げグセ」
大人になってからの「逃げグセ」って恐ろしいと思う。
お金の世界で一番怖いのは、学歴が低いことでもなく、良い就職先に勤務していないことでもなく、出世コースを歩んでいないことでもなく。「逃げグセ」だと思う。
どんなチャンスが目の前に出現しようとも。必ず逃げる。嫌いだから。苦手だから。大変だから。思った瞬間に、逃げる決断をしている。その後で自分を正当化する言い訳を考えて口にする。
「部署を移動したからできません。」
「会社の仕事が忙しくてできません。」
色々なもっともらしい言い訳を、自分自身に言い聞かせて納得させる。「部署異動」を言い訳をする人は、必ず「会社の仕事多忙」の言い訳もする。さらに続くのは、
「家族の反対があって・・・」
「貯金がなくて・・・」
「引っ越しがあるから・・・」
「都会に住んでないから・・・」
「子供が、妻が病気で・・・」
「自分の体調が悪くて・・・」
一つの「逃げの決断」言い訳は、必ず無限に連鎖して行く。
そうこう言い訳して逃げ続けたり、後回しし続けている内に、気がつけば5年、10年なんかは、あっという間に過ぎていって。
最後の言い訳
「もう、年とりすぎて・・・」
口にする頃には、目標の原動力となる、欲望も志も全てが薄れて行ってしまう。
終末には、
「今世ではダメだったから、死んでから、来世でシアワセになろう・・・。」
死後の世界に、夢や希望を抱くようになる。こういう末路を迎えることを、知っていて逃げ続けるのだろうか?夢や希望は、必ず失望に代わり、絶望に堕ちるのに・・・。
子どもたちが「逃げない」だけでも大きなアドバンテージ
こういう「逃げる」大人たちの、小さくなっていく背中を見る度に。マスターヒロさん直伝の「0歳〜18歳の英才教育論」に基づき、子供の教育に取組む重要性を改めて感じてしまう。
なぜなら大人になって「逃亡グセ」を直せない方々が、自分と家族の「成功=シアワセ」を掴むことなど絶対にありえないから。可愛い我が子が将来、一流大学に進学できなくても、一流企業に就職できなくても、出世コースを歩めなくても。
最低限、0歳〜18歳の教育過程において、学校の勉強、テスト、受験、部活動のスポーツ、趣味、就職活動・・・などを経て。目標に向けて何かに取り組もうとした時に、「逃げない!」逃げずに取り組めるという選択肢だけを選べるようになる。
好きか、嫌いか、大変か、大変じゃないかの基準で選ばなくなるだけでも、かなりのアドバンテージがあるのだから。社会に出て、子どもたちが逃げずに取り組めるようになれるだけでも。
「年収基準」で見た時に、サラリーマンであろうが、自営業者であろうが、ある程度上の方には行ける。これだけでも就労人口の、10%位のところまでは行けるのではないだろうか?
なぜなら、世の中の約90%の方々は、好きか?嫌いか?得意か?苦手か?大変か?大変じゃないか?などの基準で考え、すぐに諦め、すぐに逃げてくれるから。
自分に対して、もっともらしい言い訳をして納得させ正当化させながら、闘う前に逃げてくれる。そんな中で、子どもたちが
「欲しいモノを取れるなら、願いが叶えられるなら、逃げずに頑張る!」
と。嫌いで苦手なことでも、大変なことでも、「逃げずに頑張って取り組める」というだけで。子どもたちが世の中の10%位に入れるクオリティの「成功=シアワセ」を掴み取ることができる。
ただし、もう少し上の、3.8%の「修羅年収」に入るには、「頑張るのクオリティ」が必要になるけれども。子どもたちに対して上位10%水準の「シアワセ保証」ならできるから。ここまでだったら、子どもたちが0歳〜18歳のどこの年齢からスタートしても、誰しもが到達できる領域。
「私は子を持つ親として、子供の教育に取り組みました!」
と言える最低水準をクリアしたことになるのだから。
可愛い我が子には絶対シアワセになってもらいたい!
子どもたちが将来、サラリーマンの出世に取り組もうとした時。または、サラリーマンの出世競争には破れたけど、「ロイ式・ケイタ式」のような、再現性が極めて高い、ビジネスにゼロイチで取り組もうとした時。
講師:「あれ、◯◯さんは最近見なくなりましたね?どうしたのかな?」
嫌いだから逃げる。苦手だから逃げる。大変だから逃げる。そういう「逃げる大人」になってしまったとしたら・・・と思うと、ゾッとしないだろうか?
逃げる決断をした後に、言い訳をする子どもたちの姿・・・。
「部署を移動したからできません。」
「会社の仕事が忙しくてできません。」
「家族の反対があって・・・」
「貯金がなくて・・・」
「引っ越しがあるから・・・」
「都会に住んでないから・・・」
「子供が、妻が病気で・・・」
「自分の体調が悪くて・・・」
色々なもっともらしい言い訳を、自分自身に言い聞かせて、納得して逃げ続けてしまったとしたら・・・。自分の手の届く範囲のものしか、掴もうとしない人生を送ってしまったとしたら・・・。これはとてもとても悲しいことだと思わないだろうか?
だから僕たちは、子どもたちが22歳を迎えた時、自らの意思で、「上位3.8%未満」の「修羅年収」を目指せる状態になってもらうことを目標として目指しながらも。
どんなに上手く行かなくても、最低限、上位10%水準の「成功=シアワセ」を自らの力で取れるようになってもらうべく。欲しいモノを取るためなら、願いを叶えるためなら、逃げずに取組む。ここだけは最低限死守したいわけだ。
大富豪一族マスターヒロさんの訓えに真剣に向かい合う。収録した音声を何度も繰り返し聴いて、メモを走らせながら。今から子どもたちに対して、できることを、僕たち両親自身が逃げずに取組む覚悟を固めて、取り組んでいるのだ。
なぜなら、「可愛い我が子にだけは絶対シアワセな人生を送ってもらいたい!」から。共にその願いを叶えていきましょう!
あなたは借金が怖いですか?
私は死ぬまでに<1,000兆円>の借金をすることが夢なのですが…