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18世紀〜19世紀オランダの衰退と「ゴッホ」の誕生

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「ゴッホ」の誕生

オランダに来て、海外貿易で繁栄を極めた「17世紀」を感じるために、これまで紹介させて頂いた。

  • レンブラント
  • フェルメール

と、もうひとり、

  • ヤン・ステーン

を欠かすことができない。ヤン・ステーンは、1926年にライデンのビール醸造所の息子として生まれた。ニコラウス・クニュプファー、アドリアーン・ファン・オスターデ、ヤン・ファン・ホーイェンの元で絵画技法を学び。

1649年に師であるホーイェンの娘と結婚。ヤン・ステーンは800ほどの作品を制作したが、特に鑑賞しておくべきは、農民を描いた風俗画。兼業で居酒屋を経営しており、そこで人々を観察しながら、教訓的なことわざが込めて一つの絵に描いた。

ヤン・ステーン『陽気な家族』

引き続き、『オランダ国立美術館』の2階に、ヤン・ステーンの作品も展示されている。『陽気な家族』テーブルの周りに集う、にぎやかな家族の場面からは、まるで今にも音が聞こえてきそうだ。

家の主であろうおじいさんがヴァイオリンを中断して、17世紀オランダ特有の、オリーブオイルでも手が滑らない独特の形のグラスを掲げている。

一杯やった後は、横でうたう2人の女性の伴奏をするのだろうか?窓辺の少年は、バグパイプを吹き、右側の少年はフルートを吹いている。

一方で、タバコを吹かしている子供たちもいれば、手前には、白目製の水指から注がれるワインを受け取っている幼子までもいる。

床には、フライパンやお皿などがが無造作に転がっている。暖炉の上にぶるさがっている紙には、

「大人が歌えば、子供が笛を吹く」

と書かれている。つまり、両親が悪い手本を示せば、こどもたちもそれに習う

『この親にしてこの子あり』

という教訓を意味している。テーブルの上には、17世紀のオランダ文化独特である、絨毯をテーブルクロス代わりに使っているセッティングをしていたり。

窓の外のオランダ特有北ヨーロッパの空が、お皿に写り込んでいたり創り込みは細かい。ヤン・ステーンは、生来の語り部であり、登場人物の視線やしぐさの絶妙なやり取りによって、人間模様を生き生きと描いている。なるほど、

  • レンブラント
  • フェルメール

とは全くタイプは違うが、「ヤン・ステーン」もまた、天才である。「ヤン・ステーン」の残した作品は、その後の多くの画家達に多大な影響を与えたと言う。

「オランダ」の衰退と「フランス」の占領

「17世紀」が終わり1702年のウィレム3世の死後は、約半世紀も「無総督時代」が続いた。

1747年に、ウィエレム4世が総督として任命されると、オラニエ家の栄華が復活したが、ウィレム5世が統治する時代には、イングランドやフランスなど周囲の列強国に翻弄されるようになった。

1780〜84年の第四次英蘭戦争によって、ネーデルランド共和国は、欧州における影響力をほとんど持たないことが明白化。1781年のドッガーバンクの海戦にて、阿蘭陀艦隊はイギリス勢力に抵抗したものの、フランス軍の援助に頼らざるを得ない状態だった。

阿蘭陀国内では当初フランス人は開放者として歓迎されていたが。1800年頃には占領者となった。フランスの影響を受け始める中で、フランスをモデルにした国立美術館の設立計画もスタート。

1800年に開館した美術館が、「オランダ国立美術館」の前身となった。

「17世紀」の著名人が英雄扱いされる

1800年〜19世紀頭の30年間、オランダには重大な政治的な変化が訪れた。フランス革命が起こると、フランス革命軍は1793年にネーデルラント一帯を占領。

フランスへ亡命していた革命派やその同調者にバタヴィア共和国を樹立させたが、ナポレオンが皇帝に即位すると、1806年に弟ルイ・ボナパルトを国王とするホラント王国に移行した。

1813年にナポレオン帝国が崩壊すると、イギリスに亡命していたオラニエ公の一族が帰国、ウィレム1世が即位し南ネーデルラント(ベルギー、ルクセンブルク)を含むネーデルラント連合王国を樹立した。

これが現在まで続くネーデルラント王国(オランダ王国)の始まりである。ベルギーは独立戦争の後、1830年に分離独立。

この頃からオランダでは、国民の誇りをコブするために、オランダ全盛期である「17世紀」の著名人が英雄扱いされる形で祭り上げられ。歴史書や小説、歌や劇などに「17世紀」の英雄たちが頻繁に登場するようになった。

通りや広場の名前にも、「17世紀」の英雄の名前が就けられた。最後は悲惨な末路を辿った巨匠「レンブラント」も、当人の死後約200年経って再び輝きを取り戻した。

1852年には、アムステルダムのボーテルマルクト広場に「レンブラント」の彫像が置かれ。「レンブラント広場」と呼ばれるようになった。

19世紀末を迎える頃、ハーグ派の画家の影響を受けた芸術家が、新しい主題や技法を模索していた。なめらかな筆使いで都市や田舎の生活から受ける印象を受ける印象を描いた作品は。

「ファン・ゴッホ」のインスピレーションの源となり。20世紀に再び出現する、芸術的才能の高まりを予知していたようだ。

「フィンセント・ファン・ゴッホ」

誰もが知る天才画家「ファン・ゴッホ」の作品が飾られているのは、「オランダ国立美術館」の一階だ。「ゴッホ」の作品と言えば「ひまわり」と「自画像」ばかりのイメージがあるが。

この理由は、弟がパトロンとして、生活のサポートをしていたのだが、「ゴッホ」は生前全く売れない画家であり。依頼も来ないし、モデルを雇うお金も無いので、仕方なく、「ひまわり」と「自画像」ばかりを描いていたと言う。

なんと描いた作品の8割が「自画像」なのだ。そんな「ゴッホ」が日本含めて世界中に名を轟かせたのは「ゴッホ」が死後のこと。

パトロンだった弟の奥さん、ヨランダ婦人が、大量にガラクタのように残っていた「ゴッホ」の描いた絵を使って、何度も何度も繰り返し、レストランでの展示やミニイベントを企画。これによって徐々に人気が出てきたという背景がある。

「ゴッホ」の弟さんも死後のことであるが、「ゴッホ」兄弟の努力は死後に報われたことになる。「オランダ国立美術館」に飾られていた「ゴッホ」の絵も、「自画像」。

絵画には、鑑賞者に注目して欲しい中心が存在しているがこの絵の「中心」は、「自画像」の鼻の頭になっている。鼻の頭から、短冊状の5m〜7mの棒が放射線状に画板全体に広がっていく。

この「ブラシストローク」という技法によって、凹凸を生み出し、光があたると、凹凸に反射して、鑑賞する僕たちの目に飛び込んでくるかのように錯覚させる。

日本の浮世絵の影響も受けたと言われているが、これが「ゴッホ」を天才として世界に知らしめた所以でもある。「ブラシストローク」がふんだんに使われて、映像のように飛び出して見える「ゴッホ」の絵を近くで生で見た僕は。

「ゴッホ」の生まれた国で、この作品を鑑賞できる喜びを噛み締めていた。

追伸・・・
「百聞は一見にしかず」とも言われているが、「本物に触れる」ことも大切。「本物」を通してのみ、僕たちは感覚と言われるものも、磨き上げることができる。

だから僕たちは今、「イケる伝説」無敗神話の本物に触れて学んでいる。
「LINE@5ポケッツ成功者の思考と習慣」
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